観光立国を目指す日本、また急激なグローバル化の流れの中、国際的取引が増加し、サイトの英語対訳や比較的簡単な英語のメールのやり取りなど、専任翻訳者を雇うまでの日常翻訳業務はないが、時折翻訳業務を行える社員を必要としている企業が増えているようです。なぜなら、近年、機械翻訳後のポストエディティングができる人や英語メールを含めた諸翻訳業務を行える人の募集が増えているからです。
本校の実践的翻訳入門コースは、そのようなニーズに応える形と、翻訳を通して、総合的な英語を鍛えるために、開講しました。実際に、どのような内容か説明する前に、以下の英語を翻訳してみてください。
Optimists can cope more effectively with stress.
日進月歩の機械翻訳、グーグル無料翻訳だと「楽観主義者は、ストレスにもっと効果的に対処することができます」となります。
皆さんもご存知の通り、英語教育では、「英語で英語を考えよう」や「自然な英語を目指そう」と言われています。まず、最初の「英語を英語で考えよう」については後で説明しますが、「自然な英語を目指そう」に関しては、日本語を母語にしている私達は、常に自然な日本語で話したり書いたりしているのでしょうか。聞き手や読み手を意識した日本語というのは、話し手及び書き手にとって、負荷が高い認知活動です。
皆さんに質問した英日翻訳に戻ります。まず、主語が「optimist→楽観主義者」と訳出されています。「主義者」の定義は、一定の主義を持っている人です。やや硬い表現ですよね。他にはどんなものがあるでしょうか。「楽天家」「前向きな人」やカタカナの「オプティミスト」などがあります。また、日本語の「楽天家」には、何も考えず反省もしないと言った否定的な含意があるのに対して、英語の「optimist」には、逆にくよくよせず常に前向きな肯定的な語感があります。文化的違いですね。そう考えると、硬すぎず柔らかすぎずの「楽天的な人」辺りが適切ではないでしょうか。
次に「cope with stress→ストレスに対処する」ですが、辞書によると、第一義的な意味に「(困難・問題等)に対処する」と「(嫌なこと・状況等)に耐える」となっています。例えば、「○○市がゴミ問題に対処する」だとしっくりきますが、個人的なストレスにもっと良い表現はないでしょうか。「ストレスと付き合う」はどうでしょうか。言葉には相性というものがあります。例えば、「rice」は、日本語で「米」「ごはん」「ライス」と訳されます。カレーには、ごはんでなくライスですよね。
最後に、「more effectively→もっと効果的に」ですが、直訳臭がプンプンしますね。他に表現方法はないでしょうか。「ほど〜うまく」はどうでしょうか。比較級は、文脈によって様々な訳出が可能です。全てを繋げると「楽天的な人ほどストレスとうまく付き合える」となります。どうでしょうか。明らかにグーグル翻訳より伝わりやすい自然な日本語ですよね。
翻訳とは、起点言語を分析し目標言語に移し替えるもので、両言語に精通する必要があります。そして、両言語に少なからず、時には大きく影響を与える認知活動です。特に、普段何気に使っている母語、日本語を客観的に分析することになります。これを英語学習に応用したのが本コースです。
そして、「英語で英語を考えよう」に戻りますが、究極の精読は、翻訳と言われます。なぜなら、前述のように、両言語に精通してこそ可能だからです。起点言語、英日の場合は英語、日英の場合は日本語を十分に理解していないと、目標言語に移し替えられないからです。
では、日本語と英語を往還する翻訳は、英語学習の弊害でしょうか。認知活動とは、非常に複雑で多岐に渡る行為です。例えば、日常会話等は、反復練習で「自動化」する必要がある一方で、よりアカデミックな英語力を身に付けるには、まずは母語、日本語でじっくり深く理解する必要があると考えます。スペイン人やフランス人が英語を始め複数言語操れるのは、これらの外国語と言語的距離が近い母語を持っていることが大きく影響しています。言語体系が大きく異なる日本語を母語に持つ日本人には、日本人に合った効果的な英語学習法があると考えます。その一つが日本語と英語を行き来する本コースです。
本コースでは、日英及び英日翻訳を通して、より良い日本語と英語を考えながら両言語を往還し、英語力の底上げを目指します。同時に、近年飛躍的に進展している機械翻訳についても勉強し、活用法を探ります。皆さんは、辞書や機械翻訳なしで英語学習を行なっていますか。例えば、グーグル無料翻訳は、私達の日常生活にも広く浸透し、英語教育や観光業界と様々な分野に影響を及ぼしています。とりわけ、翻訳通訳業界に関しては、仕事が自動翻訳に奪われるという懸念がありますが、Poibeau(2017)は、現在のニューラル自動翻訳が人間の翻訳に取って代わることがない根拠として「未知の単語」「長い文」「最適化」などの課題を挙げています。しかし、今後は自動翻訳が翻訳を担う機会が増える一方で、翻訳者がエデティング作業を行う可能性は高くなるだろうと言っています。浸透し続ける機械翻訳をどのように活用するか、また、ストレスと同じように、機械翻訳とどのように付き合っていくかも一緒に考えていきたいと思います。
次回は、幼児コースについて書きたいと思います。
参考文献
Polibeau, T.(2017)Machine Translation, Massachusetts, The MIT Press.
駒宮俊友(2017)翻訳スキルハンドブック アルク出版
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